「萌え」と剣は本日で一旦終了です。長い間のご愛読、本当にありがとうございました!  更新日5月30日
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「萌え」と剣 エピローグ
「いくら模造品といってもちゃんと鋼で打った刀だからな。マメに手入れはしろよ。」

腕を組んでまるで父親のように威厳高く言う父。
しかし私の前では随分と乱暴な扱いをしていたのを忘れてはいない。
それでも私は父の肩を持つため恭しく低頭した。

「かしこまりました。勿体なくも父上から拝領した刀、
 三村家の家宝として末永く奉りたいと存じます。」

私の返答に満足したのか、父は大きく二度頷いた。
と言っても父の機嫌を取るために口から出たセリフではない。私の本心そのものである。
駅のホームに到着した新幹線は現在車内清掃中だが、
あと20分もすれば新潟に向かい発車するだろう。
そうなればまたいつもの生活が始まる。昨日の父との事が思い出へと発酵していく。
春には結婚式を挙げるので長期で休暇を取る予定だ。
そうすると有給休暇の関係上、連休を取る機会は難しい。
次に父に会えるのはいつになるだろうか。

「…本当に挙式にご参列しては頂けないのでしょうか?」

先ほど駅に向かう途中にタクシーで同じ質問をしたが、私はもう一度聞いてみた。

「お前の方の親族は三村家ばっかりだろ。
 いくら先方が許したとしても、やっぱりそれは無理だよ。
 
オレ、あのおっかない爺さんに殺されちゃう。」

私の母方の祖父は昔から武道を極め、現代に生きる侍のような人だった。
孫である私は随分と可愛がってもらったが、確実に父とは反りが合わないだろう。
それでも私は父に出席して頂きたかったが、祖父の気持ちも無視出来ない。
父は遠回しにそう言いたいのだろう。

『お待たせを致しました。新潟行きの新幹線MAXとき、まもなく出発を致します。』

駅のホームに鼻にかかった車掌のアナウンスが響き渡る。
父から頂いた日本刀は持ったまま移動するのは流石にかさばるし誤解されても困るので、
自宅に郵送した。荷物は小さな鞄のみ。身軽だが今となっては逆に落ち着かない。

「総支配人も父上にお会いしたいとおっしゃってました。いつかこちらにもお越し下さい。」

思わず総支配人「も」、と言ってしまった。
父に会いたいと願っているのは総支配人だけではない。
父はそれに気付いてかニンマリ笑顔を浮かべた。
会話の中でどんな些細な事でも聞き逃さないのが、良いサービスマンの条件である。
よっぽど愉快なのか返事もせずにニヤニヤ下品な顔で笑う父を見て溜め息をつく。

「…それに、母上にもお会いして下さい。きっとお喜びになるはずです。」

なんとなくだが父を墓前に連れて行くことが母にとっては一番の供養になる気がした。
反撃をしたつもりはなかったが、父は塩を振られた青菜のようにしおらしく頷いた。

『まもなく電車が出発します。ご乗車のお客様はお乗りください。』

出発まであと五分ほど。旅先の酒やつまみを購入する人で
賑わっていたホームの売店は今は閑散としている。
自由席で切符を予約したので早めに座席を確保しないと、
しばらくはデッキで立ちっばなしを喰らうことになる。
しかし、この場を離れたくない気持ちでいっぱいだった。
父とは話したいことがまだ山ほどある。
父に会ったらこんな事を話そう、こんな事を聞いてみよう、
色々と思い描いていたはずなのに実際に話した事は半分にも満たない気がする。
でも、何を話したらいいのか分からず言葉が出てこない。
焦りにも似た悲しみが胸に込み上げてきて更に思考を遮る。
そんな私の気持ちを察してか、父は

「また何かあったら、無くてもいいけど東京に来い。サービスのことなら何でも教えてやる。」

と優しく語り掛けてきた。そして悪戯っぽく親指を立てながら

「メイズもご主人様の帰りを待ってるからな。」

と付け加えた。私はわざと明るく振る舞う父の気遣いに感謝しながらも、
呆れた表情で溜め息をつきながら呟いた。

「ではご教授を賜ります事を楽しみに帰宅をしたいと存じます。」

私なりの精一杯のジョークだったはずなのだが、父は何も言わず一度だけ頷いた。
きちんと反応を示して頂かないとこちらが恥ずかしくなる。
また言葉に詰まりお互いの間に長い沈黙が流れたが、父は腕時計に目をやると

「じゃあオレはそろそろ店に出なきゃいけないから帰るわ。」

と言い、振り向こうとした。
私はなにか言おうとしたが、口からは何一つ言葉が出てはこなかった。
代わりに空虚を掴むように前へ差し出した手だけが自己表現していた。
その手に気付いた父は嬉しそうに鼻を鳴らすと、私の手を取り握手をした。
そして離した手を上げひらひらと振りながら私に背を向け歩き出した。
しばらくは茫然と父の背を見送っていたが、視線を足元に落とし歯を食いしばると
俯いたまま私は電車に飛び乗った。
父の手の温もりが残った自分の手のひらを見つめる。
背丈の割には武骨で力強い大きな手だった。

出発間際に乗車したわりには運良く座席を確保する事が出来た。
私は手荷物の鞄から本を取り出すと頁に関係無く開き、目で文字を追い始めた。
暇な時間があれば『武士道』を読む。長年で身に付いた数少ない私の習慣だった。
癖、と言っても過言ではない。
すでに幾度と無く読み尽くした本。
目で文字を追いながらも次の文章が頭の中からそのまま出てくる。
不思議な感覚ではあるが、私は気にせず読み続けた。
電車は緩やかな加速を続け、窓の外の景色は慌ただしく通り過ぎていく。
だが私は一考に気にすることなく、目の前に欄列する文字を目で追う作業に集中した。
物凄い速さで移動をしているはずの新幹線は優秀なもので、
轟音を撒き散らすことがなければ激しく揺れ動く事もない。
固定した空間を必要以上に確保し続ける。
まるで私の周辺だけ世の中から取り残されたような錯覚すら感じる。
それでも気にする事無く私は本を読み進めた。

電車は走り出して30分もしないうちに関東圏を容易に脱する。
巨大に乱立したビル群はいつの間にか姿を消し、
変わりに景色は雪深い山岳地帯を描き出していた。
トンネルを一つ二つ通過をする度に窓の外は色彩を失っていき、
気付けば景色は白と黒のモノトーンに変わっていく。
私は小さな溜め息を一つつき本を閉じると、視線を窓の外に向けた。
近くの物を見続けていたのではじめはぼんやりとしていた景色は、
徐々に遠近感を取り戻し輪郭を鮮明にしていく。
私はもう一度溜め息をつくと鞄の中に本を締まった。
いつもならばまるで会話を楽しむように語り掛けてくる本に記された文字達が、
まったく頭に入ってこなかった。
そのかわりに頭の中に響くのは、父の言葉だけ。
人を小馬鹿にしたような抑揚をつけて話すが、
どこか憎みきれない人懐っこさを感じる低音で重厚な父の声。
実際に語り合った時間などそんなに長くはなかったはずだ。
しかし父が発した言葉一つ一つを鮮明に思い出す事が出来る。
それだけ記憶に胸に刻み込まれている。
初めはあれだけ毛嫌いしていた人物だったのに、
今の私にとっては既にかけがえのない尊敬すべき父親になっていた。
人の心境を巧みに捉えることを得手する父である。
私の気持ちを言葉巧みに自分へと向かうよう手玉に取られたのかもしれない。
しかし、それは有り得ない。そんな事をしても父に何一つ得がない。
それに人が人に惹かれるのは駆け引きでも理屈でもないであろう。
聡明な父ならば重々承知なはず。
私は寂寥感を更に募らせる車窓の景色に耐えかねて、静かに瞳を閉じた。
そしてもう一度会いたい、家族として側に居たいと願う人物の名をそっと呟く。

「…父上。」



「呼んだ?」


私が昨日一日で把握した父の性格は、他人を貶める為の駆け引きを嫌うが、
違う意味での駆け引きならば満面の笑みを浮かべて楽しむ。
その中でも特に、私の目が点になるような結果の場合が大好物なようだ。

潮の如く一瞬の内に血の気が引いたのは津波の前兆。
私は顔だけではなく全身から血が吹き出てしまうのではないかと思うほど
驚愕しながら後ろを振り返ると、したり顔で腕を組む父が立っていた。

NEW!更新日5月30日

陸に上げられた鯉のように口をパクパクする私。

「どうした?何かあったか、息子よ?」

言葉とは裏腹に口元をこれでもかと歪め、さも愉快そうに私を見つける父。
まるで自分が作った落とし穴にまんまとはまった野良犬を見るような目つきだ。
そんな父をしばらく点になった目で見つめていたが、やっと驚きも通り過ぎ落ち着いた頃、
次に私の胸に満ち溢れてきた感情は、穏やかな怒りだった。

「…どうして、電車に乗っているのですか?」

悪戯をした生徒をたしなめる教師のように静かに重みを含んで口を開いたが、
幼い頃は絶対にガキ大将だったであろう父は、私の反応に更に上機嫌を示した。

「お前知らないの?電車って後払いも可能なんだぜ。
 まぁ、ちょっぴり車掌さんに怒られるけどな。」

言った直後に自分で可笑しかったのか、口元に手を当て声を殺して笑い始めた。
怒りを通り越して呆れてしまうとはまさにこの事だ。
たぶん父のことだ。初めから電車に乗るつもりではいたのだろう。
私の驚きのあまりに口が閉まらない顔を見るために。
そして、

「母上の墓参りに行かれる、のですよね?」

満面の笑みを浮かべた表情はそのままだが瞳だけで遠くを見つめると、父は私の隣に座った。

「坂本がオレに会いたいらしいからね。たまにはこっちから行ってやるのも悪くない。」

わざとのように本音はおくびにも出さない父。そんな様子が今は少し羨ましくも感じる。
これまで正直を美徳と心得ていたが少々考えを改める必要がありそうだ。
いや、私とてそんなには素直ではないようだ。
つい先刻までしばらくは会うことのない父に思いを馳せていたはずだったが、
いざ再会してみれば溜め息でしか自己表現出来ない。本当は嬉しくて堪らないはずなのに。

「それにお前のフィアンセにも興味があるしな!
 で、どうなん!?ツンデレか!ツンデレなんか!?」

楽しそうに意気揚々と身を乗り出し問い詰める父。
私はまた溜め息をつき、視線を父から窓の外に移した。

外には止むことを知らない雪が降り続いている。
遠くのものはゆっくりと空から舞い落ち、近くのものは足早に後ろに去っていく。
幼い頃からの癖。雪を見るとつい下を向いてしまう。
そして固く目を瞑り、ゆっくりと顔を上げながら瞳を開く。
窓に写る私の顔に寂寥感は何処にもなく、そのかわりに穏やかな笑顔がそこにあった。

雪が嫌いではなくなった。



終わり。
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Comment

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● 
お父さん、最後まで大ウケです(爆)
イイ親子関係が作れそうで安心しました。
それはイイとして…お父さんは今日の仕事をどうするのか心配です。
ところで、実際の秋葉のメイドカフェの接客もこの中に書いてあるような感じなのでしょうか?
| URL | 2008/10/30/Thu 17:21[EDIT]
● 
最後まで読んで頂きありがとうございました♪
一日くらいはパパンがいなくても大丈夫でしょう。組織がしっかりしてるので。
実際のメイドカフェもこんな感じでしたよ。
ここまで完璧なメイドさんではないでしたが楽しかったですよ♪
要人(かなめびと) | URL | 2008/10/31/Fri 06:26[EDIT]
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さくらと空 
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