「萌え」と剣は本日で一旦終了です。長い間のご愛読、本当にありがとうございました!  更新日5月30日
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「萌え」と剣 第三章
心臓は早鐘を打ち、胸の鼓動が驚く程うるさい。
私は頭の中が真っ白になり、父に会ったら伝えようと用
意していた言葉はどこかに行ってしまった。
私は恐る恐る顔を見つめている上げると、24年前の雪の日からずっと追い求めてきた父は、
何も言わず私を見つめている。
しまった!父を前にして顔を赤らめ下を向くなどなんたる醜態を晒しているのだ!
立派に成長した自分の姿を見てもらうのではなかったのか!
私は一瞬のうちに心のざわめきを抑え、頭の中で言葉を整理し背筋を伸ばして父と向き合った。

「お久しぶりでございます。正宗でございます。長い間、ずっとお会いしたく存じ上げておりました。」

本当に長い間、伝えたかったことが今になって言えた。
私は感極まって流れ出しそうになった涙を必死に堪えた。
父は私の言葉に対して、どう返してくれるだろうか。
これまでの労をねぎらってくれるのだろうか。
それとも、立派になったと誉めてくれるのだろうか。
はたまた、赤い顔をした私をはしたないと咎めるだろうか。
いや、どんな言葉でもいい。
ずっと憧れていた父の言葉ならば、真摯に受け止めよう。
そう心に言い聞かせ、父からの返事を待っていたが、一向に父は何も語ろうとしない。
腕を組んだままじっと私を見つめる。
ついでに後ろに整列したメイド達も、微笑みを浮かべたまま私を見つめる。
何なのだ、これはいったい。
私はどうしたものかと次の言葉を選んでいると、唐突に父が口を開いた。

「メイズ」

「「「ウィ♪ディレクトゥール♪」」」

父の言葉に反応して、メイド達は一斉に声を発した。
緊張で体が強張っていた私は、驚きのあまり体がビクッと小さく跳ねた。
父はそんな私に構わず、くるりと身を翻すと息子の私ではなくメイド達に話し始めた。

「オレとこいつ、どっちがいい男だと思う?」

「えぇ♪」「う~ん♪」「どっちかな♪」「ディレクトゥールも素敵なダンディーだけどね~♪」
「私、ディレクトゥールより御子息様の方に一票♪」

「えぇ!ナナコちゃん、なんでだよ!?」

「だって御子息様、クールでカッコイイんだも~ん♪ナナコは思わず胸キュンでしたわ♪」
「えぇ?じゃあ私も御子息様に一票♪」「私も♪」「じゃあ、私も♪」

「何を~!みんな全然わかってない!男の魅力が何たるかってのわかってない!」

何なのだ、このやり取りは。父は私をよそにメイド達と談笑を繰り広げている。
それに、イメージしていた父とは少し、いやだいぶ違う。
なんと言えばいいのか、随分と軽薄そうだ。
あんぐりと口を開ける私を尚も無視をして、父はメイド達との談笑に熱中している。

「あの、父上…」

「オレだってコイツくらいの歳の頃にはもっとクールでカッコ良かったもん!
さぁ、どうでしょう!そのあたりを考慮の上、もう一度答えて頂きましょう!」

「それでもナナコは御子息様です♪」「だって私達、昔のディレクトゥール見たことありませんし…♪」
「そうそう♪」「あの、ディレクトゥール?御子息様がお呼びになられてますわよ…?」

「あぁ?いいんだよ、別に。それよりももっかい考え…!」

「父上!」

思わずカッときた。
長年会うことがなかった息子を前に、どうでもいい会話に熱中する父。
まるで私の事など始めから念頭にないかのような振る舞い。
一体、私がどういう気持ちで会いに来たと思うのか。
どういう気持ちでこれまで過ごしてきたと思うのか。父は全く理解してくれていない。
そのことが悲しく、また頭にきた。
私は自分でも気付かなかったが、いつの間にか目の前の机を両手で叩き、
立ち上がっていた。
父やメイド達が会話を止め、私を見た。

「父上!あなたの息子が、こうやって遠路遥々会いに来たのですよ!」

「…分かってるよ。自分で言うなや。取り敢えず大きい声出すな。うるさい。」

「久し振りの再会に、もっと他に言うことは無いのですか!?」

「お前のことは坂本が逐一メールで教えてくるから、大体は知ってる。
 元気にやってるそうで良かったじゃん。」

「それに、何ですかこの店は!」

「何って。良い店だろ?」

「そういう事ではなく!何故この店で待ち合わせをしなければならないのですか!?」

「何故って。ここ、オレの店だもん。」

「え…」

「この店はオレの夢の結晶だ。坂本から聞いてないのか?
 あいつ、肝心なことは伝えないんだから。未だにどっか抜けてんだよな。」

私は父の言葉を聞いて、全身の力が抜けた。
これが、父の夢。
母と私を雪国に置き去りにして、自分は何をしてたかと言えば、つまらない下卑た店の経営。
怒りを通り越して、私の胸に湧いてきた感情は、「失望」ではなく「絶望」だった。
私は脚に力が入らなくなり、再び椅子に腰掛けた。
私をキョトンとした顔で眺める父。
後ろに立つメイド達は、微動だにせず全員同じ姿で整列している。
私は、24年前の雪の日を思い出していた。
私の頭を優しく撫でてくれた父。一度
も振り向かず、去っていった父。
あの日から私は、ずっと父の面影を追い求めてきた。
そして、自分もこうでありたいという理想像として、ずっと胸の中で誇り奉っていた。
目の前にいるはずもない父に恥じぬ為、努力を重ね正しく生きてきた。
その事を今、心の底から後悔している。
何故、私は父に会いたいなどと思ってしまったのだろう。
どうせならば、何も知らずに在りもしない理想像に縋ってこの先も生きて往けば良かった。
何故、こんな父に会いに来てしまったのだろう。
目の前にいる父は、私の中の理想像とは遠くかけ離れた、軽薄で下らない人間だった。
記憶の中の雪は、深々と降り積もる。どうか、このまま埋めて欲しい。
私の寂しさも、理想も、絶望も、後悔も、全部を…。
もう顔を上げる力もなくうなだれる私をまじまじと見つめていた父は、
顎に手を当てしばらく考えると、急に目を開き全てを心得たように大きく頷いた。

「メイズ」

「「「ウィ♪ディレクトゥール♪」」」

「大変申し訳ないが、
私はこれより長年会うことのなかった最愛の息子と再会の喜びを分かち合おうと思う。
ディレクトゥールである私がメイズよりも早くに退店する無礼を御容赦頂けるかな?」

「「「もちろんですわ♪ディレクトゥール♪」」」

私はようやく顔を上げた。
父は私を見つめ、ニヤケ面を浮かべている。
締まりのない顔だ、と心中罵りながら目を逸らす。

「えぇっと、それと今月の会計係はモモちゃんだったかな?」

「ウィ♪ディレクトゥール♪」

「我が息子が飲食した代金は、いつも通り私の給料から差し引いておくれ。」

「かしこまりました♪ディレクトゥール♪」

「ではメイズの優しさに甘えて、行こうか我が息子よ。」

そう言うやいなや、父は私を一瞥すると自分はさっさと入り口に向かって歩き出した。
私は慌てて後を追う。
入り口を抜ける際、後ろからメイド達が見送りの言葉を掛けた。

「「「行ってらっしゃいませ♪ディレクトゥール♪御子息様♪」」」

外は夜になって幾分人の流れが緩やかになったが、
それでも気色悪い弛緩面を浮かべた若者の熱気は冷めない。
ビルや歩道の真ん中にデカデカと貼られた幼稚なイラストは、
目を突くようなネオンに照らされ、その様をさらに主張する。
相変わらず違和感に埋め尽くされた街を、半歩前を歩く父の足に渋滞はない。
そして、店からそのまま出て来たため、
黒のベストにソムリエエプロンという姿を見咎める者もいない。
それはそうだろう。
この人自身も私にとっては違和感なのだから。
伏し目がちだった顔を少し上げ、父の後頭部を眺める。
歳のせいか若干白髪の交じった髪は、整髪料でしっかり固められていて、
乱れというものを知らない。
私も仕事中は、頭髪には気を遣い整髪料でガッチリ髪をまとめる。
他人から見れば私もこの人と同じ後ろ姿をしているのだろうか、と考え、
直ぐに今の感情を打ち消した。
先ほど、店内で父と絶望的な対面を果たしてから、私は父に対する尊敬の念を一気に消失した。
代わりに、軽蔑という二文字の感情が胸を埋めた。

「メールではちょくちょく聞いてるけどさ、坂本元気?」

少し前を歩く父は、顔はそのままで私に話し掛けてきた。

「総支配人はお元気です。」

私は父の問いに対してぶっきらぼうに答えた。
旧知の仲だったようだが、故郷では父代わりとして慕う総支配人を呼び捨てにされたのは、
正直気に入らなかった。

「ふぅん。お前、坂本からはだいぶ可愛がってもらっているみたいだけど、
 さっきの店のことは聞いてないんだ?」

「聞いてはおりませんでした。
 総支配人もお忙しい御方であられますので、そう常にお声をお掛け下さるわけではございません。
 それに、母上よりあまり父上の話題には触れるなとの沙汰もありました故。」

「はははっ!あの人なら坂本にそう言いそうだ。気が強くて傲慢な性格はそう簡単に直らないか。   まぁ、そんなところに惚れちゃったんだけどね。」

「…。左様でございますか。」

「てかさ、お前ってイヤに喋り方が固すぎね?
 それも母さんの躾?、にしちゃキャラが違うわ。あの人、もっとフランクだもん。」

私は返事を返さない代わりに、心中で「あなたが軽すぎるだけだ!」と、力強く罵った。
母は躾に関してとても厳しく、特に言葉遣いには殊更うるさかったが、
別段このような口調を強要された訳ではない。
ただ、中高生の頃から武士道を通して日本文化に興味を持ち始め、
たくさんの文献に触れているうちに、いつの間にか今の人にしてはやや堅苦しい物言いになった。
確かに父と同様に私の口調について笑ったり訝しく思う人もいたが、
特に気にならなかったし私にしてみれば使い易い言葉で話しているだけだった。
それに、社会に出てからはこの口調の方が都合が良い場面が多い。
総支配人も、「キレイな日本語で話す」とわざわざ褒めて下さった。

「ふむ…。それにしちゃあの店の素晴らしさに気付かないなんて単なる未熟か、
 それとも坂本の指導不足か…ま、両方か?」

そういうと父は振り向き、私に嫌な笑顔を投げかけた。
その小馬鹿にしたような笑顔が癪に触り、返事は返さず父の不抜けた顔を睨み付けた。
自分を非難されたことより、総支配人を侮辱されたことに腹が立った。
総支配人は社内でも率先して人材育成に力を入れている方だ。
新入社員研修のみならず、社内で研修や部署ごとの会議があれば必ず参加し、
自ら企てる年4回のサービストレーニングは、全社員が絶賛する程の内容である。
それを、こんな街でいかがわしい店の経営しか出来ない父には言われたくもない。
父はそんな私を眺めながら、「おぉ、おっかねぇ。」と肩をすくめた。
そしてまた颯爽と歩き始めた。

「ところで、お前って酒はイケるくち?」

「まぁ、嗜む程度には…」

「飲んで暴れたり、記憶がなくなったりすることとかは?」

「ございません。」

それを聞くと、父は満足だったのか豪快に笑った。
一体どこに行くのだろうか?
早くこの街から抜け出したかったし、父と居たくないという気持ちでいっぱいだった。
父と会い、どういった人物なのかも理解出来たので、もう一緒にいる必要はなかった。
私の中で、これ以上父を知り失望を重ねるのが恐かった。
そんな事を思っていると、不意に父が立ち止まり、私に振り返った。

「着いたよ~。再会を祝って杯を交わそうではないか、息子よ♪」

そう言う父が指差す先を見ると、
「メイドdeバー」という丸文字のネオンサインが飾られた店だった。
不敵な笑みを浮かべる父に、無表情で応える。
この人はどこまで私を失望させたいのだろう。


意外とこじんまりとした印象に反して、店内はわりかし広々とした作りになっていた。
控え目な照明にゆったりとしたジャズがハーモニーを奏でる。
インテリアもシックな造りで、重厚なデザインは安心感を与えてくれる。
誰が見ても感嘆する素敵なバーがそこにあった。
ただし、カウンター越しの住人であるバーテンダーはメイド服に身を包み、
「お帰りなさいませ、ご主人様。」というこの界隈では常套句となった挨拶で出迎えてくれた。
それだけが違和感だった。
もういちいち落胆することにも疲れてきた。
父は無言でカウンターに座り、私もそれにならい隣に腰を掛ける。
すると、直ぐにメイドがおしぼりを二つ持ってきた。
「メイドdeパラダイス」の制服より若干落ち着いたデザインだが、
それでもふんだんにフリルがあしらわれている。

「お帰りなさいませ、ディレクトゥール♪こちらの方が噂の御子息様でいらっしゃいますか?」

「そうなんだけど、サオリたんに一つ質問!オレとコイツ、どっちがイケメン!?」

メイドから差し出されたおしぼりで手を拭きながら、
父はカウンターに身を乗り出して先程のメイド喫茶と同じことを尋ねた。
相変わらずの軽薄な振る舞いに、私は呆れて顔を背ける。

「う~ん。サオリ的にはディレクトゥールに一票ですわ♪
 わたくし、ダンディーな男性がタイプでございますの♪」

「やっぱりサオリたんは最高だ!頼む!マジで結婚してくれ!」

カウンターからさらに身を乗り出し、サオリと呼ばれたメイドの手を握る父。
当の本人は父の言動に気にすることなく、笑みを保っている。
まったく、本当に目も当てられない。
とうにこの人に対する親としての尊敬の念などサラサラないが、
それでも実の息子の前でかような振る舞いは本当に信じらんない。

「もう、ディレクトゥールはいつも言葉だけお上手なんですもの。
 乙女心をもう少し理解して頂きたいものですわ♪」

「ごめんごめん。オレの癖みたいなもんだから。ほら、よく言うじゃん。無くて七癖って。」

サオリの言葉に反論するでもなく、あっさり肯定する父。
サオリも父の性格を熟知しているのか、怒るわけでもなくただ微笑を浮かべている。

「ところでご注文はいかがなさいますか?」

「オレはいつものやつでお願い。お前は?とりあえずビールでいいかい?」

父は嬉しそうにこっちを振り向く。
齢50歳は過ぎただろうが、全く屈託のない子供のような笑顔だ。
私は父が言う通りビールを注文すると、サオリは小さく頷き奥に消えて行った。

「お前、あのホテルで働いてるんだっけ。所属どこよ?」

「入社後はすぐにドアマン担当でしたが、その後にバンケットホール。
 そして去年から営業に所属しております。」

父の方は向かずに話す。どうもこの人とは顔を突き合わせて話したくない。
すると父はまた嬉しそうに小さな笑い声を上げた。

「あはっ!オレと同じ経緯だ!これは坂本の策略かな~?」

私は父の言葉を聞いて少し驚いた。
そういえば総支配人から父は営業にいたとは聞いていたが、
それ以前はどこに所属していたかは聞いていなかった。

「営業はきついけど花形部署だからね。やりがいもある。
 昔は坂本と躍起になって数字を競ったもんだ。
 まぁ、いつもオレの方が上だったけど。営業は行きたくても実力が無きゃ行けないところだ。
 配属になるだけ大したもんだ。」

遠回しだったが、父が初めて私を褒めてくれた。
しかし、この人に誉められたところで素直に喜べない。

「しかし、坂本がどう判断したのかはわからないけど。
 営業をするにはお前、ちょっと経験不足かな?
 もう少し他の部署を回ってからの方が良かったかもね。」

その言葉に一瞬でカッとなった。
この人はさっきから未熟だの経験不足だの、私の何がわかるというのだ?
自分はこんな場所で下らない飲食店を経営している分際で!
父は私の中のサービスマンとしての自尊心を悪戯に非難する。
一言、言い返してやろうと思い勢いよく父の方を振り向くと、カウンターからサオリが、
「お待たせいたしました♪」と言って私達の前にドリンクを置いていった。
父は怒っている私など気にかけず、
自分のグラスを私のビールが入ったピルスナーに軽くぶつけ、
「再会にかんぱ~い♪」と無邪気に振る舞った。
彼女の参入で、私の怒りはやり場もなく頭の中でグルグル回る。
私は目の前のビールを乱暴に煽った。

「お前、あの店のメイド達を見てて何も感じなかったんだ?」

父が唐突に話を振ってきた。
私はまだ収まらない憤怒を目の前のピルスナーにぶつけながら、
ここぞとばかりに「下品な店でした」とだけ反論した。
てっきり父は怒るかと思ったが、「やっぱりなぁ」と呟くと、クツクツと小さく笑った。
私は父の仕草がまた気に入らなくて、ビールを一気に飲み干した。
すると、それを見計らったようにサオリが、

「同じもので宜しいでございますか?御子息様♪」

と声を掛けてきたので、ぶっきらぼうに返事をした。

「お前のような堅物で形から入りそうなサービスマンなら、
 尚更すぐ気付いてもよさそうなものだが…。」

「だから、何が言いたいのですか!」

私は怒気を含んだ声で強く言ったが、次の瞬間、頭の中である光景を思い出しハッとした。

「さっきの店でのメイド達の動きをもう一度思い出してみよう♪」

父に言われるまでもない。
私は今、まさしくそのメイド達の働く姿を思い出していたのだった。
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