「萌え」と剣は本日で一旦終了です。長い間のご愛読、本当にありがとうございました!  更新日5月30日
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「萌え」と剣 第二章
東京に来るのは実に四年ぶりだ。
つまり大学を卒業してから一度も訪れてない。
四年も時が過ぎれば東京駅の見知った風景が何処かしら違って見えるし、
実際に建て替えなどで変わっているのかも知れない。
当時そこまで東京駅構内を詳しく眺めたわけではないので、当然だろう。
取り敢えず山手線を探し出し、電車に乗り込む。
夕時だが退勤ラッシュはまだのためか、車内はだいぶ空いていた。
大学時代はよく母が遊びがてら上京してくるので、あちこち付いて廻らされた。
そのおかげで東京圏内の地理感覚はだいぶ充実しているはずだった。
しかし、秋葉原には一度も足を向けたことがない。
あそこに赴く用事など無かったし、あまり良いイメージがなかったので敬遠していた。
大学時代の同じゼミ生で、いわゆる「オタク」と呼ばれる学生がいた。
一度だけゼミの会合で話をしたことがあったが、
アニメがどうのフィギュアがどうのと訳の分からない話を口に泡を溜めて熱弁していた。
正直理解出来なかったし、したいとも思わなかった。
その時に秋葉原に行かないかと誘われたが、本当に丁重にお断りした。
嫌悪感に背筋が冷たくなったのを覚えている。
これから向かう場所には彼のような人種がたくさんいるのだろうか。
本当に出来ることなら避けて通りたい場所である。
生理的に受け付けない。
それよりも父のことを思
うと、不安で胃が軋む。数年ぶりに会う父がそういった類の人ならば、私はどう
すればいいのだろうか?半ば母を裏切るような思いでここまで来たのに、会わな
ければ良かったと後悔するだろう。
あの24年前の雪の日以来、父とは一度も会っていないし話しもしていない。
なので父がどういった人物なのか全く想像出来なかった。
世間一般でいう父親像をてはめてはみても、どうにもしっくりこない。
しかし、坂本総支配人に聞いた父は、
少なくとも自分の父親として誇っても良いような人物だった。
仕事と己には非常に厳しいが人に対しては面倒見が良く優しい。
何より敏腕と名高い総支配人が、自分より頭が切れると評価した程の人物である。
私は、きっと父は自分が残していった本「武士道」を地で表すような品行良好で義に厚い、
まるで侍のような人だと勝手に頭の中で想像していた。
なので、父から返ってきたメールを読んで戸惑った。
どうにも私のイメージの中での父と、秋葉原が繋がらない。
なにかしらの意図があるものだと考えてみたものの、
答えは出てこず頭は更に混乱を繰り返すだけだった。
私は自分の荷物の中から表紙がボロボロになった本を取り出した。
就職して総支配人から父の話を聞くようになってから、
ますますこの本を熱心に読むようになった。
そして、文章の一行一行をなぞりながら父のことを思った。
まるで新渡戸稲造氏の言葉が父からの説教のように感じられた。
不思議なものだ。
幼い頃から母と二人で過ごしてきた。
少し幼い一面を見せるが厳格な母は、自分の事は二の次でとにかく私を立派に育てるため、
骨折ってくれた。
時には反発をするときもあったが、それでも母がいてくれば寂しいと思うこともなかったし、
他に何も望まなかった。
しかし、総支配人から父の話を聞く度、寂寥感が心の奥からジワジワと滲み出てきた。
そしてもう顔を見ることは無いだろうと思っていた父に、会いたい気持ちが募ってくるのだった。
そのうちに、唐突に自分の感情に気付いた。
私はずっと幼い頃から寂しかったのだ。
本当は父に会いたかったのだ。
たぶん幼い頃の私は、自分のために一生懸命に働く母を見て、
父の事を思う自分自身に罪悪感を抱いたのだろう。
そのため、自分の気持ちを心の奥に押し込めて隠す事を選んだ。
それが今になって暴かれてきた。
私はもう一度、本の表紙を眺める。
母に対する罪悪感は今になっても消えない。
しかし、私は父に会いたかった。
そして伝えなければいけないことがあった。
24年ぶりの再会に父はどう思うだろう。
何を語ってくれるだろう。
成長した私を見て喜ぶだろうか。
誇りに思ってくれるだろうか。
そんなことを考えているうちに、どうやら電車は目的地に到着した。

「次は秋葉原ー。秋葉原ー。お出口は右側でございます」

秋葉原という単語を聞いた途端、背筋に冷たいものを流し込まれた感覚に襲われた。
高鳴る胸の鼓動は父に会える期待感ではなく、
きっとこの場所から連想される不安感だろう。
父はどのような意図があってここに私を招いたのだろう。
もう何度目になるかわからない疑問が頭をよぎる。
電車内に響き渡る駅員の鼻にかかったアナウンスが、
まるで今の私を嘲笑っているように感じられた。


秋葉原という都市は、興味がない者にとっては全くの異空間だった。
壁のようにそびえ立つ小高いビルは、全て電気店らしい。
そして隣接しているビルには当然のように
アニメーションのキャラクターがでかでかと描かれている。
何故どのキャラクターも等身が低く目が異様な程、大きいのだろうか。
どこかの建物からは、変に声が鼻にかかった声で音程を全く無視した歌が聞こえる。
しかも似たようなそれが他の店からも流れてくるので、
そこら一帯が不気味なハーモニーを奏でていた。
道端ではラッピングされた雑誌やコミックスを脇目も振らず吟味している若者が多い。
しかしその若者達は一様に口元が弛んでいる。
中には顔を弛緩させたまま、独り言をブツブツ呟く者や、
意味なく小さくガッツポーズをしている者までいる。
この者達に羞恥心というものはないのか。情けない。
この街は全体が違和感の固まりだ。
ビル街を彩るのがアニメーションのキャラクターという違和感。
頭が痛くなるような音楽が、人の雑踏に紛れ込んでいるという違和感。
だらしなく人相を歪ませる若者を許容し合うという違和感。
そして街全体がそれらを肯定するという違和感。
出来ることならば本当に足を運びたくない場所ではあるが、他でもない父が待っている。
私はなるべく周りの風景から目を逸らしつつ、目的地まで急いだ。
予め「メイドdeパラダイス」なる店の場所は調べていたので、
予想していたよりスムーズに探しだすことが出来た。
確かに地図の通り、駅前から少し出た大きい通りのビル内の店舗に店を構えている。
ビル前のインフォメーションに父が指定した店の名前がある。
どうやら7階らしい。
私はビルの中に入り、エレベーターの前で一度足を止めた。
大きく深呼吸をする。
また胸が高鳴ってきた。
ついにここまで来て、憧れの父との対面はすぐそこであるが、心のどこかでまだ躊躇していた。
きっと今の私を足止めしているのは、
母に対する罪悪感ではなく想像の中の父が幻滅することへの恐れであろう。
普通、長年生き別れた息子との再会なら、もう少しまともな店を選ぶのではないのか?
しかし父は何故かこの店を指定した。
インターネットで店までの道筋を調べた際、この店のホームページが検索された。
どうやら父が指定した店「メイドdeパラダイス」は、メイドカフェという飲食店らしい。
名前からも容易に想定したし、
メイドカフェがどういったものかというのもテレビなりで見聞きしていた。
メイドの姿をしたウェイトレスが飲食を給仕する店らしい。
何故それだけの店がここまで大袈裟に取り上げられたのか謎だった。
これまた理解の範囲外のものである。
ただ、その時テレビに映し出されていた客の姿に嫌悪感を抱いたことだけ覚えている。
父と再会したことで失望するようなことになりはしないだろうか。
会わなけば良かったと後悔はしないだろうか。
ここにくるまでの風景を視界の端に捕らえてきて、ますますその気持ちが強まってきた。
以前は抱いていた淡い期待が、今はバラバラに砕けて無くなっている。
しかし、父に会いたい気持ちはまだ心に残っている。
幻滅しようがしまいが、やはり会うべきだろうか。
そんな風に頭の中で葛藤を繰り返していると、突然後ろから声を掛けられた。

「あのー、乗らないんですか?」

驚いて後ろを振り向くと、若い男性が怪訝な顔で私を見ていた。
眼鏡をかけ少し太めの体。
歳はたぶん同じくらいだろうか、一度合った目を逸らし、
小声でエレベーターに乗るのか乗らないのかを催促している。
私は短く詫びを述べ、その男性と一緒にエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターに入ると男性は素早く7階行きのボタンを押し、私に背を向け顔を伏せた。
口元ではまた小声で何か呟いているが、内容はわからない。
私は真っ正面を見て、この男性も「メイドdeパラダイス」に行くのかと思った。
私は彼には聞こえないように、小さく溜め息をついた。
しばらくするとエレベーターは停止し、ゆっくりドアが開いた。
エレベーターから降りて直ぐそこが店の入り口らしい。
カラフルな丸文字で「メイドdeパラダイス」と描かれた看板が目に付いた。
同乗していた男性は、これまた素早く店内に入っていく。
その時の横顔が、この街に来てから何度か目にしたニヤケ面の若者のそれと同じだった。
背筋がゾクゾクするのを感じながらも、私は意を決して店内に足を踏み入れた。

「「お帰りなさいませ!ご主人様!」」

店内にいるメイドの格好をした従業員達が、一斉にこちらを向き、ぴったり揃った声で挨拶をした。
私はその声に一瞬たじろぐ。
ホームページで仕入れた情報によると、この店は来店した客の住居という設定であり、
彼女らはそこで奉公をする給仕らしい。
だからどうしたと言いたくなるような設定だが、それなりの需要があることが不思議でたまらない。
相変わらず目を丸くする私に、
髪を二つに結びフリフリと軽薄そうな服装に身を包んだ一人のメイドがすぐに近付いてきた。

「お帰りなさいませ。ご主人様♪今日はお一人でのご帰宅なのですか?」

手を顔の前で組み、頭を少し傾げ笑顔で応対する。
普通の女性なら絶対にすることはないだろう、という仕草だ。
しかし、随分と堂に入っていて不思議なことに少しも違和感がない。
私は取りあえず頷くと、またもや大袈裟な仕草で手を横に広げ、

「かしこまりました♪それではこちらのお席ですわ♪」

と、笑顔で席まで誘導し始めた。
メイドの軽く跳ねるような足取りを後ろから眺めていると、またもや店内に

「ごゆっくりお過ごし下さいませ!ご主人様!」

という声が一斉に響き渡った。
席に着くと、今度は別のメイドがおしぼりを持って現れた。
さっきのメイドより少し歳が上ぐらいのショートカットのメイドである。

「外は寒かったですか、ご主人様?
 アヤはご主人様が凍えていないか心配で心配で~!
 ほっかほっかなおしぼりで暖まって下さいまし♪」

目をうるうるさせ、さっと広げたおしぼりを差し出す。
おしぼりを受け取り手を拭くと、確かに外は寒かったのでおしぼりの暖かさに気持ちが綻ぶ。
おかげで手の強張りが抜け、気持ちも軽くなった。
私はおしぼりを『アヤ』と名乗るメイドにありがとう、と述べながら渡すと、
彼女はそれを両手で受け取り、「良かった♪」と小さくはにかみながら呟いた。
そしてクルリと振り向き奥に消えると、
今度は先ほど席まで案内したメイドがメニューを抱えて現れた。

「ご注文はいかがなさいますか、ご主人様♪」

メニューには手書きの丸文字が羅列している。
よく見てみると簡単な軽食やアルコール類も給されるようだ。
私は何を注文しようか悩んでいるとメイドが

「お外が寒かったので温かい紅茶なんていかがでしょう?
 実は今朝、イギリスから美味しいアッサムが届いたばっかりなんですよ~♪」

と助け舟を出してきた。
顔を上げると、そのメイドは手を顔の前で組んで笑顔で頭を傾げていた。
どうやらこの仕草が彼女の癖らしい。
それでは、と思いアッサムティーを注文すると

「はぁ~い♪かしこまりました♪
 それではナナコはご主人様の為に一生懸命美味しいお紅茶を淹れて参ります♪」

組んでいた手を解き、右手を頭の脇で敬礼を作って彼女は奥へと消えていった。
私は『ナナコ』と名乗るメイドがいなくなるのを確認すると、また小さく溜め息を吐いた。
先ほどからどうもメイド達に圧倒されっ放しである。
単なるメイド格好をした従業員が営む喫茶店かと思いきや、どうやらそうではないらしい。
ここまで無駄に話し掛けてくるところは珍しい。
それよりも気になるのはメイド達の格好だ。
フリルがこれでもかとあしらわれたメイド服に短めのスカート。
正直に言ってしまえば、私はこういった破廉恥な服装は大嫌いだ。
彼女達の好みや価値観にまで口出しする気は無いが、もう少し慎みや恥じらいを持って頂きたい。
いや、メイド全員が同じ服装だということはきっと店側から支給される制服だろう。
全く、経営者の気がしれない。
店内を見回すと、先程エレベーターで同乗した男性が目につき、私は顔をしかめた。
カウンターの向かい側で応対するメイドと談笑を交わしている。
それは結構なのだが、男性の顔がこれ以上だらしなくなるのだろうかというほど弛緩している。
鼻の下は伸びきり、吐く息はハアハアと荒い。
ここまでくるともう目も当てられない。
他の客を見渡すと似たような男性ばかりだ。
他にも私のように普通に振る舞う客もいれば、初老とも見える男性までいる。
きっとこういった類の客は興味本位に釣られて足を運んだだけだろう。
私はこの店の概要をなんとなく理解した。所謂、好色な男性達が群がるいかがわしい店か、
それらに似たような店であろう。
際どい格好で言葉巧みに誘惑し、客から賃金を巻き上げる。
キャバクラとそう大差ないではないか。
私は一刻も早くこの空間から抜け出たかった。
父は何をしている?いつまで待てばいいのだろうか?
もしかして父は既に到着しているのではないかと思い、また店内を見回していると、
『ナナコ』というメイドがトレイに紅茶が入ったポットとカップを持ってきた。

「何か楽しいことでも発見ですか?ご主人様♪ナナコにも教えて下さいまし♪」

「い、いや。何でもない。」

私は慌てて居ずまいを正す。
ナナコは小首をかしげたまま微笑すを浮かべていた。
その姿が癪に触ったわけではないが、私は顔を横に向けなるべく彼女を見ないようにした。
ナナコはそんな私の様子を気にするわけでもなく、カウンターにお茶を置いた。

「お待たせを致しました、ご主人様♪アッサムティーでございます♪
 お砂糖はいくつ入れましょうか?」

「う、うむ。では一つで。」

「かしこまりました♪それでは混ぜ混ぜさせて頂きます♪美味しくな~れ♪美味しくな~れ♪」

そう良いながらナナコは小気味良くスプーンでカップの中をゆっくりかき混ぜた。
その仕草がなんだかこそばゆい。

「それでは最後に、ご主人様のお紅茶がさらに美味しくなりますように
 ナナコがおまじないをかけさせて頂きます♪」

「?あぁ、どうぞ?」

「にゃんにゃん、にゃにゃにゃん♪にゃにゃこの愛情タップリ注ぐにゃ♪
 萌え萌えラブリービーーームッ♪」

呆気に取られて声が出ないというのは正にこの事だ。私の中で思考が一瞬停止した。

「それではごゆっくりお過ごし下さいませ♪ご主人様♪」

奇妙な小躍りを見せ、最後に紅茶を指差し変な念を込めて、
ナナコは足取り軽く去っていった。
私はしばらく紅茶を眺めたまま固まった。
今の女性は何の意図があってあのような応対をしたのだろう。
全く持ってこの店は理解の範疇を逸脱している。
例えそれなりの需要があるのだとしても同じ接客業として認めたくない。
そう、ここに来てからの拒絶感は私のサービスマンとしてのプライドがそうさせていたのだ。
地元のホテルに就職をしてから、サービスのいろはを時には現場で、
そして時には総支配人の助言や書物で学んできた。
学べば学ぶ程、奥深さを感じ、己の未熟さを少しでも埋めようと努力を重ねた。
私は自分の仕事や自分がサービスマンであることに自信と誇りを持ってこれまでやってきた。
なので、私はこの店を同じ接客業として決して認めたくない。
ふざけた対応しかしない従業員やそれらに群がる程度の低い客。
同じ空間になど居たくもない。
既に父が何故この場所を指定してきたかという疑問はどこかに消えてしまった。
今はいち早くここから離れたかった。
ここに来る前に一度父にメールを送ったが、一向に返信が来ないため兎に角待つしかない。
私はここの従業員が何か知っているか、
何かしらの伝言を頼まれているかもしれないと思い、渋々ながら聞いてみることにした。
丁度良く隣の客に応対していたアヤというショートカットの女性が
客から離れようとしていたので、声を掛けた。
急に呼ばれたにも関わらずアヤは嬉しそうに元気良く返事をし、笑顔で素早く近付いてきた。

「私、西村正宗と申しますがここで佐藤邦夫という男性と待ち合わせをしております。
 何か言伝を預かってはいないでしょうか?」

西村というのは母方の姓である。というよりも、私は当初父の名前すら知らなかった。
坂本総支配人から話し掛けられた第一声が「邦夫の息子かい?」だったので、
ただ首を傾げる私を総支配人は訝し気に思っただろう。
話し込んでやっと互いの齟齬が解消した時、
総支配人は苦笑混じりに「名前すら教えないなんて君の母親らしいよ」と言った。
確かに幼い頃に一度、父の名前を尋ねたことがあるが「忘れた」と一蹴された。
初めて知る父の名前を胸の中で反芻すると、何故か嬉しくてくすぐつかった。

さて、訊ねられたメイドだがなんと躊躇することなく質問に即答した。

「はい♪ご主人様♪当分の間はこちらでお待ち頂くよう申し付けられております♪」

私は先程とは違った意味で呆気に取られて、開いた口が塞がらなかった。

「あなたは父をご存知なのですか?父とは連絡は取れないのですか?」

やや驚愕しつつも、私は再びメイドに尋ねた。
それよりも伝言を受けているのならもっと早く知らせるべきであろう。

「申し訳ございません、ご主人様。
 ディ…佐藤様からのご要望によりアヤは言伝以外の事はお話し出来ないのです。
 …しょぼん。出来の悪いメイドでございますが、見捨てないで下さいまし…。」

アヤはそう言うと下を向き、目を伏せ両手の人差し指をツンツン合わせた。
どうせ演技なのだろうと思いながらも、やはりそのままでいられても心証悪い。
私が了解と気にしてない旨を伝えると、アヤは直ぐに太陽のような笑顔を見せ、

「ありがとうございます♪ご主人様は本当にお優しい方ですわ♪」

と言い、去っていった。
本当に、どうにも彼女達には調子が狂わされる。
さて、アヤの話によると間違い無く父はここに来るようだ。
しかし、父とこの店の関連性が掴めない。

時間は既に7時半を回ろうとしていた。
店内は未だに客足が途切れず繁盛している。
来る客層もニヤケ面の若者もいればスーツ姿のサラリーマンやカップル、女性、老人まで様々だ。
それにどの客も実に違和感なくメイドとの会話や食事を楽しんでいる。
慣れようとも楽しもうともする気がないスタンスを取っている私の方が、ここでは違和感のようだ。
所在なげに少し冷えた紅茶を一口飲む。
アッサムの香りと濃さが丁度良く、冷めていても充分美味しい。
そんな風にしばらくは冷めた紅茶を相手に時間と暇を潰していると、
手に四角い小さな箱を持ったアヤが笑顔でカウンター越しに話し掛けてきた。

「ご主人様♪もしもお暇でしたら、このメイドのお相手をして下さいまし♪」

どうやら手に持っている物はトランプのようだ。
わざとらしく両手で持ち、こちらに差し出した。
よく見るとトランプゲームは店内の方々で行われている。
正直なところメイドの相手など馬鹿馬鹿しくてやる気が起きない。
しかし、先程のように、演技とはわかっていてもこのメイドが塞ぎ込むのを見る方が面倒だ。
仕方なく了解すると、アヤは

「やっぱりご主人様はお優しい方ですわ♪ 
 アヤはご主人様のメイドになって本当に良かったと感激しております♪
 ゲームはババ抜きでよろしいですか?」

適当に返事をすると、アヤはウキウキとカードを配り始めた。
そして、三回負けたら相手の質問に答えること。
負けた方が次にカードを配ること、というルールを付け加えた。
トランプのカードには『萌えとらんぷ』という丸文字と、
この街で何度か目にした低等身で目玉ばかり大きい少女のイラストが描かれていた。
私はアヤに聞こえないように小さく溜め息をつき、ゲームを開始した。

アヤとババ抜きを始めてどれくらいの時間が経っただろう。
気がつくと店内には私も含め、客は三人しかいなくなっている。
時間の経過と周りの状況を確認する余裕が無い程、トランプゲームに熱中してしまった。
いや、思わず熱中してしまうくらいアヤが強かったと言うべきであろうか。
こちらが手持ちのババをにこやかな笑顔を浮かべ、正確に避けていく。
時々、わざとのようにババを取るが、必ずこっちに戻ってくる。
おかげで私はアヤに出身地の住所から好きな食べ物、好みの女性のタイプ、
携帯電話の機種や果ては逆上がりが初めて出来た歳まで暴かれた。
私が丸裸にされるまでにアヤから聞き出した情報と言えば、出身地と歳くらいである。
最も、歳は「永遠の17歳」ということらしい。
最終的にはアヤの

「ご主人様の事はいっぱい知れたので、アヤはとっても満足です♪」

という言葉でババ抜きは幕を閉じた。
私は長いこと集中仕切った頭を解すため、カップに手を伸ばしたが、どうも空のようだった。
私はおかわりを頂戴しようと近くにメイドがいないか辺りを見回すと、
ちょうどタイミングを見計らったようにナナコが紅茶を運んできた。

「アヤのお相手をして頂きまして感謝致します♪お優しいご主人様♪
 どうぞ温かいお紅茶をお召し上がり下さいませ♪」

そう言うと、先程と同様に砂糖を入れかき混ぜると、意味不明なまじないをカップに注いだ。
私はまたかと思い顔を背けたが、ナナコは気にする風でもなくにこやかな笑顔を残し、去っていった。
私はナナコが注いだ紅茶をすすりながら、また店内を見渡す。
私の他に二人いた客は一人になっており、その最後の客もたった今、席を立とうとしている。
仕事帰りのサラリーマン風の男性はニヤケ面で会計を済ませ、
メイドと何度も握手を交わしながら店を出た。
そしてメイド達は一斉に

「行ってらっしゃいませ♪ご主人様♪」

と別れの挨拶で客を見送る。
今日だけでもう何度目かになるだろうか、分からないくらい聞いたセリフだが
最後までその掛け声は乱れる事はなかった。
私は左手の腕時計に目をやる。
時刻は既に9時を回っていた。
私はいよいよここに来て焦りを感じてきた。
客やメイドの姿が見えなくなり店内は散漫としている。
ここで待てと告げた父はとうとう現れず連絡も無いまま、店じまいの時間になってしまった。
これはどういうことだろうか?私はアヤはいないかと店内を探した。
先程、アヤは父から待つよう伝言を預かっていると言った。
ということは、父についても何かしら知っているはずである。
もう一度尋ね、意地でも父の事を聞き出そうと思った。
そうでなければ、私がわざわざこんな店で無駄に時間を費やした意味が無くなる。
私がメイドを呼ぼうと声を出しかけたその時、
カウンターの向こうから爽やかな笑顔を浮かべたアヤが、軽いステップを踏んで現れた。
ナナコといいアヤといい、この店のメイドはイヤにタイミングがいい。
が、今はそのような事を気にしている場合ではない。
私は早速、アヤを問い詰めようと声を発した矢先に、彼女の深々としたお辞儀で制された。

「大変お待たせを致しました、ご主人様♪只今より佐藤様が参られます♪
 恐れ入りますが向こうのテーブルへ起こし下さいまし♪」

アヤはそういうと対面式のテーブルを手で示し、私をそちらへ促す。
私は何も言わず立ち上がり、指定をされたテーブルに腰を掛けた。
遂にこの時が来たのだ。
長年会いたかった父に、やっと会うことが出来る。
何故この店で待ち合わせをして、そして散々待たされたのか、
色々と疑問は尽きないが今はそんな事は些末な問題に過ぎない。
ただ、父はどんな顔をして私を見てくれるのか、父と何を話せばいいのか、
どんな言葉を掛けてくれるのか、そんな事で頭がいっぱいだった。
私が父の事に思いを馳せていると、
店の奥から微笑を浮かべたメイド達がぞろぞろ出てきて、私の対面に整列した。
全員で10人程はいるだろうか。
一糸乱れぬメイド達の整列を見て、しばらく呆気にとられたが、さらに奥から男性が姿を現した。

黒のベストにソムリエエプロン。
白髪混じりの長髪をオールバックにまとめている。
背は高いとは言えないが、
背中に鉄板でも入っているのではと疑いたくなる程、ピンと伸びた背筋。
切れ長の目尻に少しシワが目立つ。
その男性はイスに腰掛けると足と腕を組み、私を無表情のまま真っ直ぐに見据えた。
私は自分の顔が赤くなるのを感じ、思わず下を向いてしまった。
誰に言われなくても、名乗られなくても、私はこの男性が誰だか分かる。

私の目の前にいるのは、間違いなく父だ。
体内に宿る遺伝子がそう教えてくれる。
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