「萌え」と剣は本日で一旦終了です。長い間のご愛読、本当にありがとうございました!  更新日5月30日
201709 << 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >> 201711

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「萌え」と剣 第一章
雪は嫌いだ。

東北地方に住んでいるくせに、と言われるかも知れないがそういう問題ではない。
一度雪が降れば交通の便は滞り、除けては積もりまた除けては積もる
いたちごっこには、正直辟易する。
だから東北に住む人で、雪が好きと答える人は珍しいくらいである。
ある作家が「雪は我慢を教えてくれる」と言っていたが、正に言い得て妙だ。
雪とは好き嫌いの対象等ではなく、生活の一部であり人生の教科書でもある。
しかし、雪は嫌いだ。

空から止め処なく降ってくる粉雪を眺めると、心の底から抑えきれない寂寥感が溢れ出してくる。
そして期待をするかのように顔を前に戻し、
空虚な風景を確認すると、目を固く閉じ頭をうなだれ失望する。
それが幼い頃の癖だった。
今ではそんなことはしないが、かわりに雪を眺めると寂しい気持ちだけが、
雪のように冷たく心の中に積もっていく。
だから雪は嫌いだ。

窓の外にはまさしく嫌いな風景が映し出されている。
越後湯沢駅を通過した東京行きのMAXトキの二階から見える景色は、
実に見事な白銀の世界だった。
遠くの雪はゆっくりと直線的に降り積もり、
近くの雪はせわしなく斜めに素早く無数に通り過ぎていく。
同じように降る雪でも傍観者の立場と環境が違えば、異なる動きを見せる。
そんな遠くの雪と近くの雪を何度も見比べて、少し心が綻んだ。
でも雪は嫌いだ。

地元では見飽きた風景に別れを告げるように軽く鼻を鳴らし、視線と思考を手元の本に移動する。
表紙がだいぶ綻び、ページはあちこち破けているが、特に困ることはない。
既に何十回呼んだかわからないほどに、内容は熟知している。
それこそヒマがあれば眺めていたし、困った時は助言を得、
落ち込んだ時には慰め励ましてくれた本だ。
自分にとってはかけがえのない指標であり、心の寄りどころでもある。
その本、新渡戸稲造著「武士道」はある人が自分に残していったものである。
そして今から、その人に会いに行く途中だ。

「新渡戸稲造ですな」

ふいに声がした方を振り向くと、隣に座っていた初老の男性が柔らかい顔で微笑んでいた。
痩身で白髪だが全く屈託の無い笑顔を持っている。
その顔に刻まれた皺は穏やかで、心が豊かな証拠として伺える。
その皺をさらに歪ませ、老人は歯を見せてニッコリと笑った。
つい、つられてこちらも微笑む。
このような老人を好々爺というのだろう。

「新渡戸稲造、ですな?お若いのに珍しいものを読みなさる」

「そんなでもありません。むしろ私のような若僧こそ読むものだろうと思います」

「ははは。これは重畳、重畳」

老人は嬉しそうに口を大きく開けて笑う。
その仕草があまりに自然で、下卑た様子はなくむしろ品良く見える。

「それは儂のような爺にも同じこと。『武士道』は日本人の誇りであり、心の寄りどころである。
 儂も若い時分に読んだ時は、それはそれは感銘を受けたものじゃった。
 今読み返しても同じように感じるから不思議なものよ」

「全くの同感です。私もこれまで何度呼んだか覚えてない程ですが、
 一度目を通せば背筋が伸びる思いです」

「じゃろうの。それはその本が物語っておる。表紙だけでなく中身もだいぶくたびれておるの」

そう言いながら老人は、微笑みを浮かべて本をしげしげと眺めた。
目を細めて何度も小さく頷きながら見つめられると、誇らしい気分になる。

「初めてページを開いたのは小学生の頃でした。
 といっても、理解出来るようになったのは最近ですが…」

「大切なもの程得難いだけじゃ。それにその方がありがたみが増すじゃろ。
 しかし、随分大事になされた本と見かける。どなたかからの賜り物かな?」

そう言った後、老人の笑顔がいくばかりか曇った。
しまった、と思ったが遅かったようだ。
きっと自分も同じ顔をしてしまってたのだろう。
その表情を見抜いた老人は、瞬時に若者のデリケートな部分に触れたことを悟ったのだ。
老人はゆったりと小さく頷くと、「大事にされて本も幸せじゃろう」と呟き、
自分の座席に深々と体を沈めた。

「若い方に長々とつまらない話を聞いてもらってすまなんだ。
 まことに勝手じゃが爺はもう一眠りさせて頂くとしようかの」

そういうと老人は顔に刻まれた笑い皺をそのままに、静かに瞳を閉じた。

「あ、ご老人。もし降りられる駅をお教え頂ければ、その時にお声を掛けますが?」

「ははは。お心遣い痛み入る。しかしご安心召されよ。
 終点までの旅なのでゆっくりじゃ。そなたは?」

「私も終着駅までです」

「ならば益々安心じゃ。では、もしこの爺が起きなかった時は叩き起こしてもらおうかの?」

自分の言葉が面白かったのか、老人は目を閉じたまま鼻を鳴らして笑った。
私が小さく笑いながら「かしこまりました」と言うと、
その返事に満足したのか、老人はゆっくりと寝息を立て始めた。
外を眺めると、雪は変わらず同じ風景を繰り返す。
自分は視線を嫌いな雪に向けず、窓ガラスに反射した自分の顔を眺め、
頭の中にある記憶の糸を辿った。

あれはちょうど二歳の誕生日を迎えた頃だろう。
雪がしんしんと降り積もる2月の朝。
少し大きめの荷物を肩に掛け、私の頭を優しく撫でてくれた父。
それが私の記憶の中にある父の最後の姿だった。
その時、側に誰がいたのか、父が私に何か話しかけたか、
私が父に何を言ったか、今では全く覚えていない。
ただ、父の後ろ姿を掻き消す程に降り続ける真っ白な雪だけは、脳裏に焼き付いている。
父が家から去った後、母は父に関わる全ての物を処分した。
洋服から靴。父が気に入って購入した食器や小物。果ては自家用車まで。
父の面影に触れられるものは一切無くなってしまっていた。
ただし、私の「正宗」という名前と、新渡戸稲造著「武士道」という本を残して。

私の名前は父から与えられたというのは母から聞いていたが、由来までは教えてくれなかった。
一度だけ恐る恐る尋ねてみたことがあるが、
「知らない」と言うだけで後は貝のように固く口を閉ざしてしまった。
本についても同様で、私が小学生の頃に押し入れから見つけて母に尋ねた時、
「あぁ」と軽く視線を向けただけで咎めも取り上げもしなかった。
今にしてみれば非常に不可解なことだが、その時は特に何とも思わなかった。
基本、母の前で父の事を話題にするのはタブーであり、
近隣に父の親類筋の方々もいなかったので、私は父については全く知らないのである。
幼い時分に父親という存在が必要なかった、と言えば嘘になる。
だが、女手一つで文句も言わず私を育ててくれる母を前にすると、
そんな気持ちは直ぐに消えていった。

四年前、東京の大学を卒業してから私は地元では大手と名高いリゾートホテルに就職をした。
地元で生計を立てていく事は母の願いでもあったし、なにより自分自身で望んだことだった。
大学の四年間は母と離れて暮らし、寂しい思いをさせてしまった。
地元に腰を落ち着けて母と一緒に暮らそう。
それが今まで育ててくれた恩返しになるはずだ、と思った。
しかし、地元に戻りホテルに勤め始めた私に、思い掛けない事が待っていた。
就職をしたホテルの総支配人が、父との古い友人だというのだ。
あれは新入社員歓迎パーティーの時、
これから研修を一緒に行うという同期社員と雑談をしていた私に声を掛けたのが
坂本総支配人だった。
上司でありホテルのトップである御方に呼び止められ、
そのまま地下にあるバーに連れて行かれた。
その時の坂本総支配人の朗らかな笑顔が忘れられない。
私は戸惑いを隠せず周りを見渡したが、同期社員達も同じ表情で私達を見ていた。
しかし、地下にあるバーで父の知り合いだと告げられた時には更に驚いた。
しかも父は以前このホテルで働いており、総支配人とは親友であり好敵手だったという。
思わぬところで父の事を知り、頭が真っ白になった。
あまりに父について何も知らない私に総支配人は逆に驚き、
母から一切聞いたことがない旨を説明すると、苦笑いを見せながら納得をした。
それからというもの、坂本総支配人からは父について色々な事を教えてもらった。
母から総支配人へ、あまり余計な話はしないよう釘を刺されたらしいが、
「差し支えのない程度に」話してくれた。
ホテルのトップと一介の新入社員が表立って話し込むわけにはいかず、
総支配人もそのところを配慮し、職場ではごく普通に接してくれた。
しかし時々食事に誘い、父の事だけではなく社会の事やサービスマンとしての心構えなど、
いつも柔和な笑顔を添えて享受してくれた。
私はこの歳になって父が出来たような気持ちになって嬉しかった。

そして、つい1ヶ月前。
以前から総支配人と父が今でも連絡を取り合っていることを聞いていたので、
思うところがあり父の連絡先を教えて頂くよう総支配人に頼んだ。
総支配人はいつも穏やかな表情を崩さず、
ゆっくり頷くと紙に父のメールアドレスを書き、渡してくれた。
メールを送るにしても顔も声も思い出せない父親に何と伝えばいいのか、迷った。
だが散々考えた挙げ句、単純に「会いたいです」とだけ送った。
送信ボタンを押した後、深い溜め息と一抹の不安が胸をよぎった。
果たして父は本当に会ってくれるだろうか?
今更生き別れの息子が現れることで、現在の父の生活を掻き乱すことにならないとも言い切れない。
父に新しい家族があると、総支配人は言わなかったがもしかしたら、ということがある。
何か自分は間違ったことをしでかしたのではないだろうか?
そのように悩んでいた翌日、父から返信が来た。
正直、胸が躍った。
それから総支配人に報告をし、業務に支障がないように2日間の休日を頂いた。
総支配人には有給休暇を取っても良いと言われたが、丁重に辞退した。
そして今、その父に会うため東京行きの新幹線の中である。
窓ガラスに映る自分の顔から目を離し、胸ポケットに入れた携帯電話を取り出す。
そして何度目になるだろう。
父から返ってきたメールを読み返す。
短い文書だったので二度程、目で文字を追いまた外を眺めた。
窓ガラスに映った自分の顔には不安とも困惑ともつかない表情が浮かんでいる。
そんな自分の姿を嘲笑うように、雪は降り積もっていた。
やっぱり雪は嫌いだ。



From 父

題名 久しぶり

本文 いつでも来い。秋葉原の「メイドdeパラダイス」で待っている。

スポンサーサイト

Comment

 秘密にする

Track Back
TB*URL

Copyright © 「萌え」と剣. all rights reserved.
さくらと空 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。